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画家の一分 3

会社からは何の音沙汰も無かったけれど、同僚の方々からは花が届いたよ。京大の天文同好会の仲間も集まってくれた。そして11月には妹に男の子が生まれるよ。お前だと思って可愛がるよ。

三年忌 2008年8月22日

突然に訪れた不幸から3年経った。享年30歳。新吾の若過ぎる「葬い」は思い出したくないが、頭を離れる時はない。命の糸を次に紡ぐ事もなく逝ってしまった。

社葬は会社のある台場から1時間もかかる遥か遠い葬儀場であった。「秘密裏に片付けたい」意が読み取れる。しかし偶然にも葬儀社が手配した導師は「花園」誌でよく存じ上げている名僧のご子息で、さすがに会社は驚いたようである。

火葬場も遠かった。私は焼かれて釜から出て来た、未だ熱い新吾の骨の一片を口に入れた。暫くして舌の付け根が痺れ始めた。初めての感覚。「最期の瞬間の苦しさを僕に伝えようとしている」と直感した。これまでに「父・祖母・師・友」の四人の骨を食べたが、文字通り「砂を食む」味で、何も異常は起きなかった。「僕の中で生きてくれ」と半日の間「痺れ」を味わった。

骨壺を抱いて火葬場から出て来た遺族に、会社の桐□取締役が言った最初の言葉は「もしかしてマスコミから取材があるやも知れぬが、何も喋らないでくれ」(同じ意をこの前のイージス艦と漁船の衝突沈没事故で自衛隊幹部が遺族に言ったとか・・)というものであった。「卑怯者!」この社風が新吾を殺した。この場でも「体面第一」なのか。

む人が多い様で、度々某社を「誹謗」するメールが入るが、CMと同じく実に●飾の多い社である事を異口同音に伝える。(全商連加盟小売店、飲食店からの情報多し)

いの恐ろしさはどんな金持ちでも巨大企業でも防ぎ様がないもの。人の念が現実を動かすと信ずる。何故なら、今まで念ずる以外に方法のない世界を渡って来たのだから。出来ればご協力を請う。(このサイトへ度々アクセスして下さるだけでも十分な協力です)

●には「電・粉・装・宝」の何れかの一字が入ります。

○某社の情報をお寄せ下さい
 ○内部情報歓迎、「スプーン曲げ」さん有難う。

竹△知財部長&田□由美◇さん&某社さんへ 2008年8月22日

  (二人とも弁理士の資格は持っていない )

竹△知財部長、昨年末には、新吾の墓にお参り下さいまして有難うございます。貴方は始終泣き通しで、パワハラの事実を認め、管理不行き届きを詫びたと弟夫婦から聞きました。しかし実行者(と貴方は言う)の女史からは詫びどころか、悔やみの一言も墓参もありません。通夜の席に遅れて、真っ赤な口紅をつけ現れた彼女はすぐに分かりました。葬儀社が撮った皆がうつむく中、彼女一人上目使いに祭壇を見上げている、それだけでも不気味な写真には、新吾のオーブと思われる光の輪が写っています。「新吾よ、悔しかろう」。社に入る事を「喜んで、喜んで」とても自慢にしていた子が、たった三ヶ月で死にました。早朝出勤、深夜退社で死ぬ前などは睡眠は一時間程だったというじゃないですか。

田□由美◇さん、墓参をお願いします。それが世間の常識ではないですか。そして本当の事を話して下さい。このままで終わらせる事はありませんよ。

某社さん、三回忌(満二年)を過ぎてしまえば、もう「なしのつぶて」ですか。本当に「形ばかりの詫び」であった事を今更に思い知らされます。「ええカッコシィ」だけの会社だねぇ。▲▽▲▽ーよ、このサイトをどんな人が見ていると思うかね。

南無新吾大明神

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